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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)83号 判決 1969年9月26日

原告

千代田化学株式会社外五社

代理人弁護士

原増司

鎌田隆

同弁理士

鈴江武彦

河井将次

原告ら補助参加人

株式会社日本製鋼所

代理人弁護士

松本重敏

小坂志磨夫

被告

ファーンプラス・コーポレーション

代理人弁護士

中村稔

被告補助参加人

株式会社吉野工業所

代理人弁護士

山崎行造

主文

1  昭和三五年審判第二六一号事件について、特許庁が昭和四二年五月一二日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用中、原告らと被告との間に生じたものおよび原告ら補助参加人の参加によつて生じたものは被告の負担とし、被告補助参加人の参加によつて生じたものは、同参加人の負担とする。

3  被告のため、この判決に対する上告の附加期間を三か月と定める。

事実《省略》

理由

一<略>

二原告ら主張の、本件審決の違法事由―請求原因七、(一)1について。

特許法第一二八条によれば、「願書に添附した明細書又は図面の訂正をすべき旨の審決が確定したときは、その訂正後における明細書又は図面により特許出願……特許権の設定の登録がされたものとみな」されるのであるから、このような「みなす」効果は、訂正審判の審決が確定したときにはじめて発生するものであることは疑いがない。そして、訂正する審決に対しては不服申立ての方法がないから、該審決は審判請求人にその謄本が送達されたときに確定するのが相当である。

ところで本件において、被告の訂正審判請求にもとづき、願書に添附した明細書を請求書に添附された明細書のとおり訂可する旨の審決がなされて、その謄本が被告に送達されたのは昭和四二年五月一七日であるから、右審決は同日確定し、その確定により本件特許は訂正後の明細書により特許出願、特許権の設定の登録等がされたものとみなされる効果を発生したことになるのである。そうすると、本件特許の無効審判につき本件審決がなされた同年五月一二日当時は、まだ右の訂正の効果発生以前にあたり、したがつて、本件審決が訂正前の明細書による特許発明を対象とせず訂正後の明細書による特許発明を審判の対象として審決をしたことは、訂正審決による訂正の効果発正の時期についての判断を誤り、ひいて無効審判の対象たる特許発明の認定を誤つた違法があるといわなければならない。

しかし、本件においては、右のようにすでに、同年五月一七日に訂正審決が確定し訂正の効果が発生したことにより、その後においては、改めて本件無効審判につき審決するとすれば、その対象に関する限り本件審決と同様に、右訂正にかかる特許発明についてしなければならないこととなつたのであるから。審決取消事由としての右の違法は、右訂正審決の確定によつて治癒されたものと考えるのが相当であり、したがつて原告らのこの点を理由として本件審決を取り消すべきものとする主張は、採用できない。

三原告ら主張の、本件審決の違法事由請求原因七、(二)1について。

(一)  前記当事者間に争いのない事実、ことに無効審判および訂正審判についての特許庁における各手続の経過によれば、特許庁は、本件特許の明細書の訂正を許可する旨の審決をしたその日に、本件無効審判の審理を終結し、右訂正の効果発生前に訂正後の明細書による特許発明を対象として本件審決をしたものであることがわかり、そしてまた、無効審判の審理手続中においても、とくに審判官から、訂正が許可される場合に備えて、予備的に、当事者になんらかの意見陳述の機会を与える措置がとられたこともないことは、弁論の全趣旨により明らかである。したがつて本件審決は、その対象についての無効事由につき、審判請求人らに、訂正後に改めて主張、立証の機会を与えることもなければ、訂正前に予備的に意見陳述の機会を与えることもなくしてなされたものということができる。そこで以下、この点に審決を取消すべき違法があるかどうかを検討する。

(二)  特許法施行法第二〇条第二項の規定により、本件無効審判の適用される旧特許法(大正一〇年法律第九六号)の定める特許無効審判の手続については、

1  手続は審判の請求によつて開始され、その審判請求書には審判請求の理由を記載すべきこと(同法八六条)、

2  審判長は、審判請求書を受理したときは、その副本を被請求人に送達し、期間を指定して答弁書を提出する機会を与え、答弁書を受理したときは、その副本を請求人に送達すべきこと(同法八八条第一項)、

3  審理は原則として公開の審判廷における口頭審理によること(同法第九七条第一項、第三項)、

4  当事者または参加人の申し立てない理由についても審理することができるが、この場合は、その理由につき、これらの者に期間を指定して意見申立ての機会を与えるべきこと(同法一〇三条)、がそれぞれ定められており、その他審判官となるべき者の資格、合議体の構成、審判官の除斥・忌避、確定審決のいわゆる一事不再理の効力などについての諸規定とあいまつて、その手続は裁判所の訴訟手続に類似したいわゆる準司法手続の性格をもつものであること、そこには手続の進行や審理の範囲等について職権主義が採用され、その限りでは民事訴訟との相違があるけれども、審理の内容については、審判官の行なう判断資料の探知は当事者の提出によるものであれ、職権探知によるものであれ、それについて必らず関係当事者に意見陳述の機会を与えたうえでなされるべきものとする当事者対立構造、双方審尋主義が採用されていることが規定上明らかである。すなわち、法は、特許権のもつ公共的性格、特許無効の審判が第三者に及ぼす影響の大きいこと等の特異性にかんがみ、実体的真実発見に資するため、一方において職権探知主義を採用するとともに、他方において審判官の行なう探知、判断が合理性、客観性をもつことを保障するため当事者対立構造、双方審尋主義を採用したものと解されるのである。

(三)  ところで、本件におけるように、無効審判の係属中に当該特許について訂正する審決が確定し訂正の効果が生じた場合(もつともすでに前記したとおり、本件においては、無効審判の係属中に訂正許可の審決が確定したのではなく、実際にはこの確定前にすでに無効審決がなされたのである。しかし、この点の違法は、すでに治癒されたものとみるべき……であるから……無効審判の係属中に訂正許可の審決が確定した場合として判断すべきであり、それで足りる。)、無効審判の手続においてあらためて訂正後の明細書および図面による特許発明につき、無効審判請求の理由の有無に関し、審判請求人(および被請求人)に意見陳述の機会を与えなければならないかどうかについて、これを必要とする旨の直接の規定はない。

しかしながら、法が無効審判の手続について当事者対立構造、双方審尋主義を採用していること、およびその理由が前記のとおりであることを考えれば、審判手続の係属中に訂正審決によつて審判の対象に変化が生じた場合には、従前なされてきた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防禦になんらかの修正、補充を必要とするにいたるのが通常であつて、そのような修正、補充を必要としないことの明白な格別の事情がある場合(明細書の何ぴとにも一見きわめて明白な誤記の訂正などはあるいはこれにあたるであろうか。)を除いて、審判官は変更後の審判対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならず、原告らについていえば、前記旧特許法第八六条の趣旨に準じ、変更後の審判対象につき改めて無効事由の主張、立証をする機会(すくなくともその時間的余裕)を与えなければならないものと解すべきである(なお訂正訂可前審判官において訂正に備えて予備的に、訂正後のものにつきとくに意見陳述を促し、その機会を与え、これをもつて右訂正後の機会付与に代えることも、許される措置とみてよいであろう)。

以下ふえんしつつ、本件の場合について考える。訂正審判が、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明を目的とする場合に限つて許されることは特許法第一二六条第一項に規定するところであるが、たとえ適正にこの規定にしたがつた訂正審決がなされた場合であつても、つねに訂正前の特許について適切であつた無効事由が訂正後の特許についてもそのまま無効事由として妥当し、訂正後の特許について、異なつた、少なくとも態様を異にした無効事由を生じないとは限らないのであつて、例えば、本件に関係のある「特許請求の範囲の減縮」において(……本件の訂正審決は、訂正が「特許請求の範囲の減縮」およびそれに伴なつて生じる場合を含む「明瞭でない記載の釈明」に該当する、と認定したものであることが明らかである。)、それが発明の構成要件の増加によつてなされる場合(そして、本件の訂正もそれにあたることつぎに説明するとおりである。)訂正によりあらたに附加された構成要件自体あるいはこれと既存の要件との組み合わせが公知であること、ないしは公知技術から容易に推考しうるものであることなどについて新しい無効事由、争点が生じ、無効審判請求人としては、あらたに事実および証拠を提出してある事実、証拠について新しい観点から補正した意見陳述をする必要が(また相手方としてはこれに反駁する必要が)生じてくることは、みやすいところである。またかりに、特許法第一二六条第一項または第三項により訂正すべき場合に該当しないのに訂正の審決がされたような場合には、無効審判においても、その訂正にかかる事項をめぐり新しい争点が生じ当事者としてあらたな主張、立証の必要が生じるのは自明というべきであろう(この場合に、訂正無効の審判を請求できることは、また別の問題である、なお、附言するならば、訂正無効審判と特許無効審判とは、それぞれその目的を異にした別個の制度であつて、同一事項が両者の場において、それぞれに審理されるのを妨げるべき理由も、規定もない。したがつて「特許請求の範囲の減縮」にかかる訂正の無効審判において、特許法第一二六条第三項所定要件の存否が審理されるからといつて、同一事項が特許無効審判においても審理の対象とされるのを妨げるものではない。)。

ところで本件の訂正審決による明細書の訂正が、「特許請求の範囲」の項の記載の訂正を含むことは当事者間に争いがなく、その訂正の内容が、

1  「押出し装置によつて」材料を管の形に押出すこと

2  鋳型を閉じ合わせた場合、「鋳型の合せ目中の材料は非平に薄い鰭片に圧搾するかあるいは挾み切ること」

3  「操作を前の品物が切取られた非連結の状態において行うこと」

の三点をあらたに「特許請求の範囲」に加えることを主要な内容とするものであることも、前記争いのない事実から明らかである。そして、これらの事項が訂正前の明細書の「発明の詳細なる説明」の項あるいは図面にすでに記載されていたものであつたとしても、その記載が「特許請求の範囲」の項にとりいれられたことにより、それが単なる実施例の記載でなく発明構成の必須の要件であることが明らかにされたとみるべきであるから、その事項の持つ意義の重要性はいちじるしくその比重を増したことは否定できない。したがつて、その事項に関連する当事者の攻撃防禦の方法も、訂正前とはおのずから異なつたものとなるべきことは自明であつて(本件審決がこれらの点をとりあげて公知技術にない創意工夫の存在を認めたこと……は、審決も、訂正にかかる右の三点が本件特許発明の必須の構成要件となつたことを認めていることを示すものといえる。)、このような訂正が、前記の、訂正により当事者が従前の攻撃、防禦に修正、補充を必要としないことの明白な事情がある場合にあたらないことは、その内容にてらし、明らかである。

してみれば、本件訂正審決による訂正は、訂正後の特許の無効事由の有無について、あらためて、無効審判の当事者に攻撃防禦方法の修正ないし補充のため主張、立証の機会を与える必要があつたものというべく、これを怠つた本件無効審判手続は、審決に影響を及ぼす違法のものものというのほかはない。

(四)  被告の主張三、(一)について。

この点の被告の主張が理由のないことは以上の説示によつて明らかである。一言附加するに、(イ)の理由については、審判官の訂正審判における、訂正後の特許発明の特許要件の具備(この特許発明が無効でないこと)についての心証がいかに十分なものであつても(そしてその審判官が本件無効審判に当るにしても)、その心証の十分さが問題なのではなく、訂正後の特許発明について無効審判当事者の関与をまたないままで、その心証が直ちに無効審判の場において適法な心証となりうるかが問題とされている本件において、単に審判官の―右関与を経ず一方的に形成された―心証が十分であることを強調しても、本末を誤つた立論というほかなく、また(ロ)の理由については、特許法が無効審判においてとる前記の構造を無視するとともに、「特許請求の範囲の減縮」にかかる訂正が、無効審判において、いかにも算数的数量の減少におけるような形式的観念で措置できるものであるかのごとく立論するもので、この場合に生じる前記のような複雑な事案の実態を無視するものというのほかなく、いずれも採用できない。

(五)  被告の主張三、(二)について。

(イ)について。

右のように訂正後の特許の無効原因につきあらたに無効審判の当事者に主張、立証の機会を与えなければならないということは、無効審判の手続の性質から、無効審判の審決の適正を保障するために要求されているのであるから、無効審判当事者が、例えば訂正審判請求公告に対する異議の申立てをすること等により、その無効審判の手続以外の場で、別の資格と目的で、その訂正を許すべきでないこと、ひいて、本件訂正における場合のようにその内容として、訂正をしても特許要件がないことにつき、主張、立証する機会があつたかどうかは、まつたく別の問題である。そのような訂正の結果あらたな審理の必要が生じ、無効審判の手続が多少長びくことがあつても、なんら特許権者に不当な犠牲を強いるものではない(もし、右のような機会があつたことが、無効審判請求人の、訂正後の特許発明についての無効事由の主張、立証の機会を封じる理由となりうるとすると、「特許請求の範囲の減縮」にかかる訂正を経た特許発明については―そこでは、すでに請求公告があり、何ぴとも異議申立てによつて訂正後の発明の特許要件不備を主張、立証できたのであるから、――もはや特許無効審判請求はできなくなると解すべきことになろうが、その失当なことは明らかである。そしてこの場合無効審判請求をして、訂正後の特許発明の特許要件不具備を主張、立証しうると解すべき以上、無効審判請求後に訂正審判請求公告があつた本件原告らについても、同様の主張、立証が許され、その機会が与えらるべきは、当然である。)。

(ロ)について。

また、訂正審判の請求につき請求公告がなされた場合、訂正が許される蓋然性が大きく、かつ、その訂正の内容を知りうるとしても、それは単なる蓋然性であるにとどまり、法によつて訂正の効果が発生するのは前記のとおり訂正審決の確定のときである。したがつて、訂正審判請求公告がされたというだけで、無効審判請求人に、訂正許可を予想しこれを前提とした主張、立証をすべき機会が与えられたと解することはできない(もつともこの段階で、審判官から右の機会付与のなんらかの措置があつたというなら格別、本件においてそのことがなかつたことは前記認定のとおりである。)。また、右の段階で無効審判請求人の参加人が訂正を前提とする意見の陳述をしたとしても、審判における参加の法律的性質の故に、それによつて、請求人が(被請求人も同様)当事者として主張、立証する機会を閉ざされてよい理由はない(旧特許法における参加人の性格、その行為の効力については問題があるが、参加人は独立して審判請求人たる地位を有するものではなく(大審院昭和一五年(オ)第五七四号昭和一六年四月一九日言渡判決参照)、またその行為は被参加人たる請求人の利益においてその効力を生じるというのを限度とする。したがつで、本件無効審判において、参加人がした被告主張の行為は、請求人たる原告らにその効力を及ぼすといえるだけであつて、参加人が、右の請求公告がなされたという段階で、任意にした、訂正後の発明についての意見陳述が、当事者(請求人)である原告らに対して、訂正後の特許発明についての主張の全部となる―換言すれば当事者たる請求人らは、参加人がした以上にはもはや主張、立証できなくなる―という効力をもたらすと解すべき根拠はない。)。

したがつて、この点に関する被告の主張はいずれも採用できない。

(六)  被告の主張三、(三)について。

訂正前の特許の無効事由に関する当事者の主張、立証が、訂正後の特許の無効事由の有無についても、審判官の判断の資料となりうることはいうまでもないが、だからといつて、訂正後あらためて主張、立証の提出の機会を与えることが無意味であるとはいえないこと前記説示のとおりである。そしてこのことは、審判請求人の主張する無効事由が、訂正の前後を通じて同一の法条に基づくものであるとしても、変りはない。

また、原告らが無効審判においてその機会を与えられたならば、訂正後の特許の無効事由につき、あらたにいかなる主張、立証を現実に提出し得たか、そしてそれらが実際に審決の判断を動かすに足る有効適切なものであつたかどうかの点は、いまこれを想定、せんさくできることでもないし、本訴においては無用のことであつて、まず特許庁においてその審理が行なわれ審決の判断を経たのちに裁判所の審査に服するべきことがらであつて、もともと本訴において争点とすべき事項ではない。本訴においては、審決の対象となつた訂正後の特許につき主張、立証の機会を与えないで審決をしたという無効審判手続に存する違法が、その性質上審決に影響を与えるような違法であるかどうかを問題とすれば足るのであつて、本件の場合これを肯定すべきものであること以上の説明によつてすでに明らかである。

したがつて、被告のこの項の主張も採用できない。

四以上のとおり、本件審決はその審判の手続に違法があり、それが審決に影響を及ぼすことが明らかな場合にあたるから、その取消しを求める原告らの請求は、その他の点につき判断するまでもなく、正当としてこれを認容すべく、訴訟費用の負担等につき民事訴訟法第八九条、第九四条、第一五八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(古原勇雄 杉山克彦 楠賢二)

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